2007/03/13 火曜日
人間は「物自体」を捉えることはできない
私たちの外に存在する対象を私たちが捉えているのではなく、そもそも私たちが自然を頭の中で作り上げている。
「物の捉え方」に対する考えを180度変えた人がいます。
イマヌエル・カント(独・1724-1804)。ドイツの哲学者です。
カント以前においては対象とは、私たちとは関係なく独立してそれだけで存在するものと考えられていました。
富士山は私たちとは関係なくそれだけで独立し存在するし、太陽や地球もそれだけで存在するのだと。
認識とは存在する対象を捉えることだと・・・。
しかし、カントは私たちの外に自然の対象があるのではなく、私たちが頭の中で自然の対象を作り上げているのだと考えたのです。
時間や空間はそれだけで独立し存在しているのではなく、私たちの頭の中で秩序付けられているに過ぎないのであり、言い換えれば私たちが空間や時間を感じる能力をもっているから世界を捉えることができるのだと。
カントはこの能力を感性・悟性(直感の形式)と呼びました。
また、カント以前は真理とは対象を正しく捉えることだとされていました。
よく引き合いに出される例として、
「私が蛇として捉えているものは、本当に蛇であってロープではないのか」
とうのがあります。この場合の真理は私が捉えている蛇が、外に存在している蛇と一致するとき認識が真理であるとわかります。
しかしカントは、「蛇」いう認識に対象を従えて、こう考えました。
私が認識している「蛇」は私が主観によって認識することによって、はじめて客観的に構成される。
つまり、
主観が、独立し・存在する客観を認識する。
ではなく、
対象はそれだけで独立・存在するものではなく、主観によって作り上げる。
のだと、今までの「認識」を真っ向から覆しました。
これを、天動説を否定し地動説を唱えたコペルニクスになぞらえて、コペルニクス的転回と呼び。フィヒテ・シェリング・ヘーゲルへとドイツ観念論として受け継がれます。
ふーーん。偏見や差別、思い過ごしや早とちりがなくならないわけですわな。
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